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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1625号 判決 1954年3月10日

控訴人 松本治一郎

訴訟代理人 海野普吉 外二名

被控訴人 外務大臣 岡崎勝男 指定代理人 豊水道祐 代理人 長野潔 外一名

国 代表者 犬養健 指定代理人 豊水道祐 代理人 長野潔

主文

被控訴人外務大臣岡崎勝男に対する本件控訴を棄却する。

被控訴人国に対する本件訴を却下する。

控訴費用並びに控訴人と被控訴人国との間に生じた訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人が昭和二七年九月一五日附でした、北京市で開催されるアジア大平洋地域平和会議参加のため中華人民共和国行き旅券発給申請に対して、被控訴人外務大臣が昭和二七年九月一九日にした不許可処分(翌二〇日通知)はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人外務大臣訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、すべて原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

なお控訴代理人は、昭和二八年一月二二日午前一〇時の本件口頭弁論期日において、昭和二七年一一月一〇日附訴変更並びに被告変更の申立書に基き、「被控訴人国は控訴人に対し金五万円及びこれに対する本申立書送達の翌日たる昭和二八年一月一七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被控訴人国の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、控訴人は、被控訴人外務大臣に対しアジア大平洋地域平和会議参加のため中華人民共和国行き旅券の発給を申請したところ、これに対し被控訴人外務大臣は昭和二七年九月二〇日控訴人に対し右旅券発給申請不許可の通知をした。よつて控訴人は右不許可処分の取消を求める本訴を提起したのであるが、右会議は昭和二七年一〇月一三日閉会され、右不許可処分の取消があつても、会議に参加することは不可能となり、これがため控訴人は甚大な精神的損害を受けるに至つた。右損害は外務大臣が故意又は過失により控訴人に対する旅券発給を拒否した結果発生したもので、外務大臣は国の公権力の行使に当る公務員であり、右損害はその職務を行うについて控訴人に加えられた損害であるから、被控訴人国においてこれが賠償の責があるのである。而して控訴人の蒙つた精神的損害は、これを金銭に見積れば、裕に一〇〇万円以上に上るのであるが、控訴人は右のうち取敢えず金五万円を本訴において請求する。

二、控訴人は右請求の変更をした結果、被告たるべきものを外務大臣から被控訴人国に変更せねばならなくなつたのであるが、右当事者の変更は民事訴訟法上当然なし得るものである。けだし外務大臣を被告として旅券発給拒否処分の取消を求める訴と、国に対し当該旅券発給拒否処分により生じた損害の賠償を求める訴とは、その請求の基礎を同じくするものであるから、前者を後者の請求に変更すると同時に、その形式的当事者を変更し、国を被告としてもなんら不当はなく、むしろ訴訟経済に適合する所以であるから、右当事者の変更は民事訴訟法上許さるべきものである。仮に然らずとするも、行政事件訴訟特例法第七条の類推適用により右当事者の変更は許さるべきである。けだし、右特例法第三条は同法第二条の訴の被告を処分行政庁と定めている。行政庁は国を代表して公法上の行為をなすものであり、行為の主体は国であるから、その行為の取消又は変更を求める訴の被告は実質上も理論上も国であるべきである。ただ直接処分をした行政庁に形式的当事者能力を認め、これを被告として攻撃防禦の方法を尽くさせることが、裁判の迅速と適正を期するため適当であるという政策的考慮からできている制度といえよう。従つて特例法第六条は、第二条の訴にはその請求と関連する原状回復、損害賠償等関連請求、すなわち通常の民事訴訟法上の訴を併合することを認め、審理の重複、裁判の矛盾牴触を避け、同一行政処分に関する紛争を一挙に解決する方法を講じている。右の諸点及び訴訟制度全般の目的を考えるときは特例法第七条は、本来出訴期間経過についての救済措置として立法せられたものであつても、その解釈適用については、もはや単に立法の趣旨のみによることはできなく、請求の基礎に変更がない限り、実質的当事者の変更のない場合にも、拡張して解釈適用さるべきものである。

被控訴人国訴訟代理人は、「控訴人の被控訴人国に対する本件訴を却下する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、その理由として、控訴人のなした前記当事者の変更は民事訴訟法上できないばかりでなく、行政事件訴訟特例法第七条に規定する場合にあてはまらないし、また同条を類進適用することも不当である。けだし、本件被告の変更は、訴を国家賠償請求の訴に変更し、その結果被告を誤つたこととなることを理由とするものであるところ、右特例法第七条の規定が設けられた理由は、行政処分の取消又は変更を求める訴にあつては、被告適格を有する行政庁が特定されており、しかも出訴期間が制限されているので、たとえ出訴期間内に訴を提起しても、被告とすべき行政庁が不明確等のため被告を誤つた場合には、改めて被告適格を有する行政庁を被告として新訴を提起し直さなければならないのであるが、その時には既に出訴期間を経過し、結局裁判による救済を得られない場合が往々あることを顧慮し、これを救済せんがためである。従つて、右特例法第七条の規定によつて被告の変更が許されるのは、行政処分の取消又は変更を求める訴に限るのである。しかるに、本件国家賠償請求の訴は、行政処分の取消又は変更を求める訴でないことは勿論、私法上の権利関係に関する通常の民事訴訟であつて、特例法の対象である公法上の権利関係に関する訴訟でさえないのであるから、本件国家賠償請求の訴にあつては、右規定によつて被告を変更することは許されない。しかも、本件被告変更の申立は、訴を国家賠償請求の訴に変更し、その結果右訴について被告を誤つたことになるので、特例法第七条第一項本文の規定によつて被告を変更するものと解せざるを得ない。そうすれば結局控訴人は、外務大臣を被告として国家賠償請求の訴を提起し、外務大臣に被告適格がないことを理由として被告を国に変更することに帰するのであるが、控訴人が同一書面をもつて右訴の変更及び被告の変更の申立をしている事実に徴すれば、控訴人は、右国家賠償請求の訴については、頭初から既に被告を誤つていることを知悉していたものというべきであり、控訴人は、右訴において被告を誤つたことについて故意又は少くとも重大な過失があつたものというべきである。従つて本件被告の変更の申立は特例法第七条第一項但書に規定する場合に該当するので許されない。されば、控訴人の被控訴人国に対する本件訴は不適法な訴として却下さるべきである、と述べた。

理由

まず控訴人の本件被告変更の適否について考えるに、控訴人が従前外務大臣を被告として、旅券発給拒否処分の取消を求める行政訴訟を提起していたところ、控訴審たる当裁判所に至り、右訴を損害賠償請求の訴に変更するとともに、被告を外務大臣から国に変更したものであるが、右被告の変更は違法である。けだし、訴の提起により訴訟が裁判所にけい属した後は、特別の規定がないかぎり、原告はみだりに相手方たる被告を変更することは許さるべきでないこと固より当然のことであつて、わが民事訴訟法においては、原告に相手方たるべき被告を変更する権利を認めた規定は一も存在しない。ただ同法第七二条、第七四条、第二一六条等の如き権利義務の承継又は訴訟承継を生ずる場合に被告の変更を来すことを認めるにすぎない。同法第二三二条の訴の変更は、その規定からも明らかなように、請求又は請求の原因を変更することであつて、当事者を変更する場合を包含しない。控訴人の本件被告の変更はなんら権利義務の承継又は訴訟の承継を来すべき場合にも該当しないので、民事訴訟法上当然に被告の変更をなしうる旨の控訴人の主張は理由がない。しからば、行政事件訴訟特例法の規定によつて本件の被告の変更が許されるかというに、これ亦消極に解する外ない。思うに、外務大臣の処分の取消を求める訴は同法第二条の訴であり、損害賠償請求の訴は通常の民事訴訟で、公法上の権利関係に関する訴訟でもないことは明白である。又右特例法第七条は、被控訴人の主張するとおり、その立法趣旨からして同法第二条の訴についての規定である。これを前提として、試みに本件の請求の変更と被告の変更とが観念上何れが先行するかによつて考えてみるに、先ず被告を外務大臣のままとして請求を損害賠償の請求に変更したものとすれば、それは既に通常の民事訴訟であつて特例法第二条の訴ではないから、同法第七条の適用を受けるべき訴訟ではなくなり、被告を変更することはできない。次に、外務大臣の処分取消の請求はそのまま維持しながら、被告を先ず国に変更した上、請求を損害賠償に変更する途があるかというに、これ亦許されないであろう。何となれば、外務大臣の処分の取消を求める訴の被告は外務大臣が正当であり、被告に誤りはないから、被告の外務大臣を国に変更することは許されないからである。更に、請求の変更と被告の変更とを観念的に同時にするものと考えると(本件の場合控訴人はその趣旨を以て申立をしたものと解せられる)、やはり請求の変更により損害賠償請求の訴となり、特例法第二条の訴ではなくなるから、同法第七条の適用を見るべき余地はないと考えられる。いずれにしても、要するに本件の如き処分の取消の請求を損害賠償の請求に変更すると共に被告を行政庁から国に変更することは特例法の規定によつては許されないと判断するの外ない。なお本件損害賠償の請求は外務大臣の処分取消の請求と関連することは明らかであるから、特例法第六条の規定により、この二箇の請求を併合訴訟とすることは許されるであろう。併しこの二箇の請求の訴の被告たる者は何人であるべきかは各請求について決すべきで、右の場合取消の訴では行政庁たる外務大臣であり、損害賠償請求の訴では国であることになるであろう。特例法第二条の訴には原則として他の訴の併合は許さず、右のような特殊なものだけが併合できると定められているからといつて、それだけでその併合可能の訴の間の被告の変更は許されると解することはできない。従つて右特例法第六条の趣旨からして、本件の被告の変更が許さるべきであるとの論は採用できない。なお又控訴人は、国の機関たる外務大臣を被告とするも、国を被告とするも、実質的には国を被告とするものであるから、本件の被告の変更はいわゆる当事者の変更とはならないと主張する。なるほど行政庁の行政行為の主体は国であるから、その行為の取消変更を求める訴の当事者は理論上国であるが、この種の訴訟の特質からして、訴訟手続上においては処分行政庁を被告とするのが適当であるとして、政策上特に行政庁に当事者能力を与えたのが特例法第三条の規定である。従つてこの種の訴訟では、行政庁は国とは別に訴訟当事者としての能力と地位を有するのであるから、行政行為による実体上の権利義務は結局国に帰するからといつて、この法律上の制度を無視することは許されない。よつて外務大臣のした行政行為の取消を求める訴訟の被告は、特例法第三条によりあくまで外務大臣であり国ではない。されば、本訴の被告の外務大臣を国にすることは当事者の変更でない、との考え方もこれを採用することができない。

以上の理由により、控訴人の本件被告の変更は違法であるから、被控訴人国に対する控訴人の本訴は不適法として却下せらるべきものである。

よつて従前の被控訴人たる外務大臣に対する請求について判断する。

控訴人は、本訴において控訴人のしたアジア大平洋地域平和会議参加のため中華人民共和国行き旅券発給申請に対し、被控訴人外務大臣のした拒否処分の取消を求めるものであるが、右会議は既に昭和二七年一〇月一三日終了したことは控訴人の自ら認めるところであるから、たとえ控訴人は勝訴の判決を受け、右拒否処分が取消されたとしても、控訴人はもはやその申請にかかる旅券の発給を受けるに由ないものである。従つて、控訴人はもはや本件行政処分の取消を求める法律上の利益を失つたものといわなければならないから、控訴人の本訴請求は失当たるを免れない。されば、原判決が控訴人の請求を棄却したことは結果において当審の見解と合致し、結局正当であるから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 角村克己 判事 菊地庚子三 判事 吉田豊)

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